そろそろ~少し先の心配💦
こんにちは。
グレイスフル塩尻で事務職をしています、中谷と申します。
今年1月に異動となり、塩尻での初ブログとなります。法人では愛知・岐阜・長野・東京に多数の施設・事業所があり、職種を問わず職員の異動は常にあります。
数年前にも新卒採用に関わる業務を担当していましたが、転勤は敬遠されがちでした。当法人での異動は、基本的に転居を伴わない通勤可能圏内となっています。
我が家の二男は製造業に勤めており、年間のほとんどを出張先で過ごしています。就職の際には、「地元の近くがいいだろうか」と相談されましたが、私は場所にはこだわらず、自分のやりたいことを優先したらよいと伝えました。本人も面接などで「どこへでも行けます」と答えていたそうで、その結果、現在の部署に配属されたようです。
今は世界情勢が不安定ですが、海外出張に行っています。英語はあまり話せなくても何とかなるそうで、今でもほとんど話せませんが……。一方で、車の国際運転免許は取得させられたそうです。聞けば、そもそも運転免許を持っている同僚が少なく、免許を持っていたことが理由だったとか。
長男は長男で、数年ごとに転勤のある職業に就いています。今年の春からは単身赴任となり、長野からかなり離れた土地で暮らしています。それでも週末にはできる限り妻や子どものもとへ帰るようにしているようです。
どちらにしても、何かあったときにすぐ駆け付ける、あるいは駆け付けてもらうことは難しい環境です。
先日も同年代の職員と、「いつまで働くか」「年金はいつから受け取るのがよいか」といった話になりました。
法人の正職員の定年は65歳、パート職員は70歳です。さらに70歳を超えて働いている職員も多く、皆さんとてもお元気です。一方、一般企業に勤めている友人は、60歳で定年を迎え、再雇用を希望しても今と同じ事業所では働けないそうです。
60歳を目前にした私たち。気が付けば、そんな話題を口にすることも増えました。
「あんなに元気に働き続けることができるだろうか」と思う一方で、「働ける限りは働いていないと生活は厳しいのではないか」とも思います。
2019年には「老後資金2,000万円問題」が話題になりましたが、この物価高の中では、さらに多くの資金が必要になっていることでしょう。そう考えると、定年後の働き方や生活については、これからも考え続けていかなければなりません。
以前二男が海外出張中だったとき、義父(子どもたちにとっては祖父)が入院したことがありました。一応連絡を入れておいたところ、帰国後にこんなことを言いました。
「海外にいるときに家族に何かあっても、すぐには帰れない。せめて県内とか、もう少し近くにいられる仕事の方がいいのかなと思った」
長男は転勤が避けられない職業です。そのため、「せめて自分だけでも近くにいた方がいいのかな」と考えたようです。
こちらから何も言っていないのに、そんなことを考えられるようになったことをうれしく思う一方で、自分の人生も大切にしてほしいと伝えました。
今後、年齢を重ねればできないことも増えてくるかもしれません。家族は近くにいた方がよいに越したことはありません。しかし、できるだけ自立していたいという思いもあります。少しわがままな感情かもしれません。
健康第一で、これから先を見据えながら、もうしばらく元気に働いていけたらと思います。